長野地方裁判所 昭和53年(ワ)183号 判決 1983年7月26日
長野県長野市大字高田一八六一番地
原告
西沢芳睦
同所
原告
有限会社西芳家具工業
右代表者代表取締役
西沢芳睦
右両名訴訟代理人弁護士
武田芳彦
右訴訟復代理人弁護士
和田清二
東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
奏野章
右指定代理人
松本克己
同
池田準治郎
同
山本宏一
同
乾裕行
同
真々田豊
同
菊田保
同
柳沢菊男
主文
被告は原告西沢芳睦に対し金五五万一、〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年九月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告西沢芳睦のその余の請求及び原告有限会社西芳家具工業の請求をいずれも棄却する。訴訟費用中、原告西沢芳睦と被告との間に生じたものはこれを二一分し、その一〇を原告西沢芳睦の負担、その余を被告の負担とし、原告有限会社西芳家具工業と被告との間に生じたものは原告有限会社西芳家具工業の負担とする。
この判決は原告西沢芳睦勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
但し、被告において金二〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実
一 原告らは選択的に「被告は原告西沢芳睦に対し金一〇五万一〇〇〇円、原告有限会社西沢家具工業に対し金六万円及びこれらに対する昭和五一年五月一四日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言あるいは「被告は原告西沢芳睦に対し金一〇五万一〇〇〇円、原告有限会社西芳家具工業に対し金六万円及びこれらに対する昭和五三年九月二三日からそれぞれ完済の日まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因及び被告の主張に対する反論として次のとおり述べた。
(請求原因)
1 原告有限会社西芳家具工業(以下原告会社という)はたんす類の製造を営業目的とする会社であり、原告西沢芳睦(以下原告西沢という)は原告会社の代表取締役としてその業務全般を総括処理している者である。
2 ところで、被告の行政機関である関西信越国税局長は昭和五一年四月一二日付で、原告西沢に対して原告会社の代表取締役としてその業務に関し、昭和四六年二月一日から昭和四九月一〇月二三日までの間に、前後四一行為にわたり課税物品一三一万四八〇〇円を故意に免れたとして、原告会社に対して同会社が昭和四八年二月一日から昭和四九年一〇月二三日までの間に前後一八行為にわたり課税物品であるたんす八四個の移出につき、課税標準額四八六万円に対する物品六〇万二〇〇〇円を故意に免れたとして、物品税法四四条一項一号、四七条及び刑法四八条二項によって、原告西沢においては同じく六万円を長野税務署に納付するよう通告した。(以下本件通告という)。
3 原告らは本件通告に従って昭和五一年五月一四日それぞれ罰金に相当する金員を長野税務署に納付した。
4 しかしながら、本件通告は実体上も手続上も違法である。
(1) 実体上の違法事由
長野税務署長は昭和五一年四月二六日付で原告会社に対して昭和四六年から昭和四九年一〇月までの間のうち四二か月分の物品税を三九四万七九〇〇円とする更正または決定及び加算税を三九万三一〇〇円とする賦課決定をしたが、関東信越国税不服審判所長の昭和五二年一二月二二日付裁決では、このうち本税四一万四八〇〇円、加算税三万四八〇〇円のみが維持され、本税三五六万一一〇〇円、加算税三五万八三〇〇円が取消された。
そして本件通告に係るほ脱税額のうち裁決で維持されたと認められるものは、被告の主張によると、原告西沢分が二二万〇二〇〇円、原告会社分が三万二三〇〇円にとどまる。
これは課税物品である和たんすの課税標準額算出の過程における婚礼セット家具の原価計算に係る使用材料の見落し、材積算出上の誤り、単価の誤りに基因するものである。
例えば、セット家具の各前面にはいずれも栃の突板がが使用されているが、これを看過し、和たんすと洋服たんすのみに使用されているという誤りを犯したうえ、その使用枚数も、和たんすと洋服たんすはほぼ同じで四枚使用して仕上りが二・五枚となるのに、和たんすについては使用枚数の四枚、洋服たんすについては仕上りの二・五枚とした。そのためセット価格に占める和たんすの構成割合が著しく高く計算された。
右のように裁決によって原処分の九〇パーセントにも相当する部分が取消され、また、本件通告に係るほ脱税額のうち裁決で維持されたと認められる部分もわずかであることからすると、原告西沢に物品税をほ脱する故意があったとみることはできず、ほ脱の事実を欠く本件通告は違法であり無効というべきである。
(2) 手続上の違法事由
原告西沢は、昭和五一年二月一八日関東信越国税局収税官吏真塩栄道から調査書を示された際、遂一その誤りを指摘し、翌一九日にも長野税務署間税第二部門統括国税調査官福田忠行に同様の指摘をしたが、いずれも無視され再調査も行なわれなかった。
そして、関東信越国税局長はこの誤った調査結果に基づき原告らに反則行為があるものと判断し、本件通告をしたが、これを受領した西沢は、長野税務署に赴き、その誤りを摘発して告発するよう求めたところ、右福田忠行から「犯則金は納めたうえ、不服審判所で争えばよい。不服申立てが容れられれば、支払ったものはみな返還される。」と指導され、更に二〇日間の納付期限が経過した後も同様に指導された結果、原告らは同年五月一四日に至り通告の旨を履行した。
5 国家賠償請求
右のとおり本件通告は実体上も手続上も重大な瑕疵を伴う過失行為であり、これによって原告らは納付した金員相当額の損害をこうむった。
よって、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、原告西沢は金一〇五万一〇〇〇円、原告会社は金六万円及びこれらに対する昭和五一年五月一四日からそれぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
6 不当利得返還請求
また、右のとおり本件通告は無効であるから、被告は法律上の原因なくして原告らの納付した金員を利得したものであり、これにより原告らは同額の損失をこうむった。
よって、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、原告西沢は金一〇五万一〇〇〇円、原告会社は金六万円及びこれらに対する訴状送達の翌日である昭和五三年九月二三日からそれぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張に対する反論)
1 通告は行政庁のなす行政行為であるが、抗告訴訟の対象となる行政処分ではないと解されるとしても(最高裁昭和四七年四月二〇日第一小法廷判決民集二六巻三号五〇七頁参照)、違法な通告によってやむなくその旨を履行した者において国家賠償あるいは不当利得返還を請求できないとする理由はない。そもそも、通告を受けた者がこれを履行するかどうかをその自由意志により決することができるといってみても、実際上は刑事裁判において前科を覚悟で争うことは困難であり、刑事裁判だけでは裁判を受ける権利を十分、保障したとはいえないところ、通告には再審に類する制度もないので、通告が違法である場合には、通告自体が覆えされなくとも、国家賠償あるいは不当利得返還の請求は可能とすべきである。
被告は通告制度をもって国家と反則者との間に一種の私和を認めたものというが、これは通告の旨を隠行すれば国家の公訴権が消滅することとした制度の性格を説明するための概念に過ぎず、私和の意味内容として「通告の旨を履行した以上、これについて一切の争いを持ち込まない」との趣旨を含ませようとするのであれば不当である。
2 通告が有効に成立するためには、その主体、内容、手続、形式などのすべてにわたって法の定める要件に適合していなければならないが、本件では前記のとおり犯則事実の調査過程に重大な誤りがあり、ほ脱の事実がないにもかかわらず、これあるものと判断して通告を行ったものである。
仮に通告時において右事実が明らかでなかったとしても、原告らに通告履行による不利益を甘受させるについて著しく不当と評価し得る事情が存在する場合には、通告そのものを無効とすべきである。前記のとおり原告らは「不服申立てが容れられれば、支払ったものはみな返還される」との指導を受けたため通告の旨を履行したものであり、一方課税処分に対する不服申立てをしていたのであるから、通告履行による不利益を甘受させるについて著しく不当と評価し得る事情が存在したというべきである。
3 被告は通告と課税分とは別個の法体系に属するものであるから、課税処分の効力は通告の効力に何ら影響を及ぼすものではない旨主張するが、通告と課税処分の基礎資料はその集取過程、内容とも全く同一であり、課税処分の重大な誤りが調査中から存在し、これが後日裁決によっていっそう明白となった本件の場合には、通告の無効を招くのは当然というべきである。
なお、本通告に係るほ脱税額のうち裁判で維持されたと認められる部分が被告主張のとおり存在したとしても、それは極くわずかであって、原告西沢にほ脱税の故意があったと認め得ないことは前記のとおりである。
4 ところで、不当利得制度は形式的、一般的には正当視される財産的価値の移動が実質的、相対的には正当視されない場合に、正義、公平の観念に従ってその矛盾調整を図ろうとするものである。
仮に本件通告が手続上無効とはいえないとしても、前記のとおり原告西沢は調査中からその誤りを指摘していたこと、原告らは本件通告に不服であったが、誤った指導を受けた結果これを履行したものであること、裁決によって課税処分のほとんどが取消され本件通告の誤りが明らかになったことなどによれば、原告らの不当利得返還請求は肯認されるべきである。
ここで参考になるのは、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)のもとにおいて、雑所得として課税の対象とされた金銭債権が後日貸倒れによって回収不能となった場合に、その貸倒れの発生と貸倒額とが客観的に明白で課税庁に格別の認定判断権を留保する合理的必要性がないと認められるときは、課税処分そのものが取消または変更されなくても、国は貸倒額に対応する税額を不当利得として納税者に返還する義務を負うとした最高昭和四九年三月八日第二小法廷(民集二八巻二号一八六頁)である。
被告は原告らが自由な選択によって本件通告を履行し、その対象となった犯則事件について公訴権消滅の利益を受けているのであるから、原告らの納付した金員を被告において受領しても何ら正義、公平の観念に反しないと主張するが、原告らはほ脱の事実がないにもかかわらず通告を受けたうえ、誤った指導によって通告の旨を履行したものであるから、これを私和とすれば錯誤により無効というべきであり、被告のこの主張は失当である。二 被告は原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決並びに予備的に担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、請求原因に対する答弁及び主張として次のとおり述べた。
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実も認める。
なお、和たんすは物品税法課税物品表第二種一三号1に掲げるたんす類に該当する。
3 同3の事実も認める。
4 同4の事実のうち、長野税務署長が原告らに対してその主張のような更正または決定及び加算税賦課決定をしたこと、関東信越国税不服審判長が原告ら主張のような裁決をし、原処分の一部が取消されたこと、課税標準額算出の過程における原価計算の一部に誤りがあったことは認めるが、原告西沢に物品税をほ脱する故意がなかったとの点は否認し、(2)の事実のうち、関東信越国税局収税官吏真塩栄道が昭和五一年二月一八日にも原告西沢に調査書を示したこと、原告らが二〇日間の納付期限経過後である同年五月一四日に通告の旨を履行したことは認めるが、その余は否認し、本件通告が違法であるとの主張は争う。
(1) 原告会社においては昭和四六年九月一〇日及び昭和四八年六月二〇日ないし二一日の二回にわたり長野税務署の物品税調査を受け、二回目の調査では昭和四七年一月から昭和四八年四月までの間に和たんす七九個を製造移出したにもかかわらず、その物品税二万八〇〇〇円を申告納税しなかった事実が判明し、申告しようように応じて昭和四八年七月二日付で右調査結果にそう申告書を提出したが、長野税務署が昭和五〇年一〇月三〇日から同年一二月六日までの間、原告会社について実地調査をしたところ、たんす類に課税最低限の金額があることに着目し、納品書や売上帳には婚礼セット家具と共に他の物品も併せて移出した如く数量を水増しして記載することにより、和たんすの価額を他の物品に振り分け、これを課税最低限に達しない金額で移出したように偽り、物品税を免れていたことが認められた。
そこで、長野税務署収税官吏は同年一二月一〇日税犯則取締法二条一項に基づき長野簡易裁判所裁判官の許可を得て原告会社の臨検、捜索、差押を行ない、これによって集取した証憑を同法一一条四項により昭和五一年一月一二日関東信越国税局収官吏が同日から同年三月にかけて原告西沢に対する質問調査などをした結果、物品税を免れる方法として、数量の水増しのほか、桐製のたんす類が非 税物品とされていることに着目して栃王と称するセット中の和たんすについて「総桐」と納品書に詐記したり、セット中で一第高価な和たんすの価格を他の構成品に振り分けて課税最低限度未満であるかのように価格操作をしていることが明らかとなった。
そして、関東信越国税収税官吏は原告会社において物品税法施行令五二条一項二号に規定する使用原材料の使用事績についての記帳も原価計算も行なっていなかったため、集取した証憑に基づき、婚礼セット家具の構成物品それぞれについて原価計算を行ない、物品税法施行規則四条一項五号所定の金額を計算し、更に同規則五条一項に基づき、当該金額の合計額のうちそれぞれの構成物品の占める割合を計算し、同年二月一三日付調査書を作成した。これによれば、五点セット(和たんす、洋服たんす、整理たんす、上置及び下駄箱)を構成する和たんすの構成割合は昭和四六年中が三六・九パーセント、昭和四七年中が三六・一パーセント、昭和四八月中が三七・一パーセント、昭和四九年中が三六・五パーセントであり、四点セット(和たんす、洋服たんす、整理たんす及び上置)を構成する和たんすの構成割合は昭和四七年中において三八・四パーセントであった。
関東信越国税局長は昭和五一年三月一〇日同国税局収税官吏から国税犯則取締法一三条一項は基づく事件の調査報告を受け、犯則の心証を得たので、同年四月一二日付で同法一四条一項により本件通告を行なったが、その基礎となったほ脱税額は別表「通告に係るほ脱税額」欄記載のとおりであり、これは課税物品のうち前記品名詐称と価格操作に係るものであることが明らかな分につき、セット価格(卸売価格)に和たんすの構成割合を乗じて和たんすの卸売価格に相当する金額(移出金額)を算出し、これを物品税に相当する金額を含んだ価格(税込価格)として扱い、物品税に相当する金額を除いて課税標準額を集計して物品税額を算出したものである。
また、長野税務署長は昭和五六年四月二六日付で原告会社に対して物品税更正または決定及び加算税賦課決定をしたが、物品税額は右と同様の方法により算出し、別表「原処分」欄記載のとおりであるところ、関東信越国税不服審判所長の昭和五二年一二月二二日付裁決で原処分の一部が取消され、本税のうち維持された分は別表「裁決後の額」欄記載のとおりである。原処分の一部が取消された理由は、課税標準額算出の過程における原価計算の一部に原告ら指摘のような誤りもあったからであり、裁決では五点セットを構成する和たんすの構成割合を昭和四六年中が三二・二パーセント、昭和四七年中が三一・八パーセント、昭和四八年中が三二・九パーセント、昭和四九年中が三二・二パーセントと認定した。
ところで、通告に係るほ脱税額のうち裁決において維持されているものは裁決書上何ら明らかにされていないが、ほ脱額算定の基礎となった婚礼セット家具につき、裁決で認定された和たんすの構成割合を乗じて和たんすの税込単価を計算し、これが課税最低限の金額以上になるものを拾い上げて課税標準額を計算すると、別表「裁決後の額に対応する額」欄記載のとおりとなる。なお、これは裁決で認定された個々の和たんすの構成割合、課税標準額及び税額の当否を検討したうえで計算したものではないし、別表同欄に掲げる以外にほ脱税額がないことを前提とするものでもない。
(2) 関東信越国税局収税官吏は昭和五一年一月一二日原告西沢に婚礼セット家具を構成する各物品ごとに使用材料の種類、規格、数量を記載したメモを提出させ、同日とその翌日の二日間にわたり、右メモと在庫中の婚礼家具セットとを対査しながら、原告西沢の説明を受け、婚礼セット家具の材積計算書を作成し、同年一月二九日これを原告西沢に示し、その内容を説明したところ、誤りのないことを認めたので、その旨の確認書を作成させた。そして、同収税官吏はこれらの調査結果や集取した証憑に基づき、前記の同年二月一三日付調査書を作成し、同日ころこれを原告西沢に示して、その内容を説明したところ、誤りのないところを認め、内容を確証した証としてその最後のページに署名捺印させるとともに各葉間に契印させ、更に同年二月一八日原告会社の関与税理士を立ち会わせたうえ、再度原告西沢に右調査書を示し、その内容を説明したところ、誤りのないことを認めた。なお、裁決で問題として取り上げられた栃の突板については、原告西沢のメモには何ら記載もなかったが、原告西沢から和たんすにこれを使用しているとの申立てがあり、在庫中の両物品にもその使用が確認されたので、両物品の使用材料に栃の突板を加えることにしたものである。
また、長野税務署間税第二部門統括国税調査官福田忠行が通告について原告西沢に説明した内容は、通告と課税処分とは別異のものであること、通告の旨を履行するかどうかは原告らの自由な選択にまかされ、これを履行すれば公訴権消滅の効果が生じること、通告に不服であれば国税局長の告発をまって裁判所で争うことができ、課税処分に不服であれば不服申立によって国税不服審判所で争うことができること、通告についてはこれを履行し、課税処分についてだけ不服審判所で争うことができることなどであり、この説明には何らの誤りもない。
5 同5の主張は争う。
関東信越国税局長は前記のとおり国税犯則取締法の定める手続により適法に集取した証憑に基づき犯則の心証を得たので本件通告を行なったものであり、この心証を得るについて何らの過失もない。
6 同6の主張も争う。
(主張)
1 通告は国税反則取締法に基づき国税長または税務署長が間接国税に関する犯則事件の調査により犯則の心証を得たときに、罰金に相当する金額などの納付を求めるものであるが(同法一四条一項)、通告の旨を履行するか否かは犯則者の自由意思にまかされており、犯則者が通告を受けた日より二〇日以内にこれを履行しないときは、国税局または税務署長は告発の手続をとるべきものとされ(同法一七条一項)、その後は通常の刑事手続によって事件の審理が行なわれ、犯則者が通告の旨を履行した場合には同一事件について公訴の提起を受けることがないとされている。(同法一六条一項)。
このような通告制度が採用されたのは、間接国税の違反は直接国税のそれよりも大量であり、かつ何人にもよって犯されやすく、たまたま発覚した者を直ちに刑罰をもって臨むことは適当でないこと、間接国税のような財政犯の犯則者に対しては、まず財産的負担を通告し、任意の履行があれば敢えて刑罰をもって臨まないとすることが間接国税の納付義務を履行させ、その徴収を確保するという財務行政上の目的達成の上から見て合理的であると考えられたからであり(最高裁昭和二八年一月二五日大法廷決定刑集七巻一一号二二八八頁参照)、この制度を採用するかどうかは国の立法政策の問題として自由に決定し得る事柄である(最高裁昭和二九年一一月一〇日大法廷判決刑集八巻一一号一七四九頁参照)。
また、通告手続の性質は一種の行政手続(司法手続)ではないと解されるが(最高裁昭和四四年一二月三日大法廷決定刑集二三巻一二号一五二五頁参照)、課税処分とは別個の法系体に属するものである(最高裁昭和三三年四月三〇日大法廷判決民集一二巻六号九三八頁参照)。
そして、通告の旨を履行するか否かの選択を犯則者の自由意思にまかせたのは、犯則者に裁判を受ける権利(憲法三二条)を保障するためであり、通告の内容に不服があればこれを履行せず、告発と公訴の提起をまって刑事手続において争い得ることにしたものである。通告制度は国家と犯則者との間に一種のコンプロマイズ=私和を認めたものと理解される。
したがって、通告を受けたものがその自由な選択によってこれを履行した以上、これについて争い得ないのが原則であり、通告の基礎となった事実が全く不在で通告が無効と解されるか、通告自体が不存在であるなど特段の事情のある場合以外は納付金について損害賠償あるいは不当利得返還請求をすることができないというべきである。
2 右のように通告制度を理解すれば、国税局長または税務署長が適法な手続によって犯則事実を認定し、適式に通告を行なっている限り、通告の有効無効を論議する余地はなく、仮にこれを論議する余地があったとしても、通告時に判明した事実に基づいて合理的に犯則事実が認定されたとしても、その一事をもって通告を無効視すべきいわれはない。
しかるところ、本件通告は前記のとおり関東信越国税局長において適法に集取した証憑に基づいて犯則事実を認定し、適式な手続によってこれを行なったものであるから、その有効無効を論議する余地は全く存在しない。また、通告と課税処分とは別個の法体系に属するものであるから、裁決による課税処分の取消しは通告の効力に何らの影響を及ぼすものではない。
関東信越国税不服審判所長の裁決で原処分の一部が取消されたことは前記のとおりであるが、本件通告に係るほ脱税の事実についてまで判断したものではなく、仮に裁決における認定、判断が正しいとしても、既に主張したとおり裁決後においても通告の対象となった和たんすにつき課税すべき事実が存在するのであって、ほ脱の事実がなかったとする原告らの主張は失当である。
3 原告らは不当利得返還請求につき、最高裁昭和四九年三月八日第二小法廷判決を論拠として、通告自体が手続上覆えされなくても、正義、公平の観念から不当利得返還請求権が発生すると主張するが、本件とは事実を異にし、その説く法理を本件に適用することは相当でない。
原告らは自由な選択によって本件通告を履行し、通告に係る犯則事件について公訴権消滅の利益を受けているのであるから、原告らが納付した金員を被告において受領しても、何ら正義、公平の観念に反することはない。
三 証拠として、原告らは甲第一ないし第五号証(第五号証は写)を提出し、原告会社代表者兼原告西沢本人の尋問(第一、第二回)を求め、乙第三号証の成立は不和、その余の乙第各証の成立(第一号証は原本の存在も含む)は認めると述べ、被告は乙第一ないし第七号証、第八号証の一、二(第一号証は写)を提出し、証人真塩栄道、同福田忠行の各尋問を求め、甲号各証の成立(第五号証は原本の存在も含む)は認めると述べた。
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
ところで、本件通告は国税反則取締法に基づくものであるが、同法の規定によれば、国税局長または税務署長は間接国税に関する反則事件の調査により犯則の心証を得たときは、犯則者に通告の旨を履行する資力がない場合と情状が徴役刑に処すべきものと思料される場合を除き、罰金に相当する金額などを送付すべき旨を通告し(同法一四条)、犯則者が通告を受けた日より二〇日以内にこれを履行しないときは、検察官に告発の手続をとるべきものとされ(同法一七条一項)、その後は検察官の公訴の提起をまって刑事手続に移行し、犯則者が通告の旨を履行した場合には、同一事件について公訴の提起を受けることがないと定められている(同法一六条一項)。これらの規定に徴すれば、通告の旨を履行するか否かは犯則者の自由意志にまかされており、これを任意に履行したときは公訴の提起を受けず、履行しないときは告発と公訴の提起をまって刑事手続に移行し、通告の対象となった犯則事実について刑事手続で争い得ることになる。この通告制度は犯則者と国家との間に一種の私和を認めたものと理解され、また、行政不服審査法四条一項七号の規定などをも併せ考えれば、通告は行政庁のなす行政行為であるが、抗告訴訟の対象となる行政処分ではないと解するのが相当であろう(最高裁昭和四七年四月二〇円第一小法廷判決民集二六巻八号四五五頁参照)。
しかしながら、通告を受けた者がその自由意思によってこれを履行したからといって、これについて一切争い得ないとする理由になく、通告の基礎となって犯則事実の一部が不存在で通告された罰金に相当する金額が法定罰金額や処断刑たる罰金額の範囲を超えあるいはこれを超えなくても裁量の範囲を著して 越して正義に反する結果となり通告の一部が無効と解されるか、通告自体が不存在であるなど特段の事情のある場合は、要件の存在によって損害賠償請求あるいは不当利得返還請求について判断する。
二 そこで、まず原告らの国家賠償請求について判断する。
長野税務署長が昭和五一年四月二六日付で原告会社に対して昭和四六年二月から昭和四九年一〇月までの間のうち四二か月分の物品税三九四万七九〇〇円とする更正または決定及び加算税を三九万三一〇〇円とする賦課決定をしたが、関東信越国税不服審判所長の昭和五二年一二月二二日付裁決では、原処分の課税標準額算出の過程における原価計算の一部に原告ら指摘のような誤りもあったため、そのうち本税四一万四八〇〇円、加算税三万四八〇〇円のみが維持され、本税三五六万一一〇〇円、加算税三五万八三〇〇円が取消されたことは当事者間に争いがなく、本件通告に係るほ脱額のうち裁決で維持されたと認められるものは、別表「裁決後の額に対応する額」欄記載のとおり、原告西沢分が二二万〇二〇〇円、原告会社分が三万二三〇〇円であることは被告の自認するところであるが、成立に争いのない甲第一ないし第三、第五号証、乙第一、第二、第四ないし第七号証、証人真塩栄道の証言及びこれによって真正に成立したと認められる乙第三号証、証人福田忠行の証言、原告会社代表者兼原告西沢本人尋問の結果(第一、第二回)の一部に弁論の全趣旨を総合すれば、被告の請求原因に対する答弁4の(1)、(2)の事実がすべて肯認されるほか、原告西沢は原告会社の物品税を免れる目的で、昭和四六年一月ころから同年七月ころまでに移出した婚礼セット家具中の和たんすを非課税物品である総桐製と偽り、同年七月ころ以降は数量の水増しと価格操作の方法により和たんすの価格を課税最低限度未満になるように操作したこと、原告西沢が強く不満や異議をとなえるようになったのは本件通告と課税処分を受けてからであり、長野税務署間税第二部門統括国税調査官福田忠行や同税務所長に面会するなどして不満を訴えたが、両者から、通告の旨を履行しなければ検察官に告発せざるを得ないこと、通告の旨を履行したうえで、課税処分について不服申立てをすればよいこと、不服申立てが容れられればその分の物品税は返還されることなどもいわれ、当時、通告と課税処分の相違を十分理解していなかった原告西沢としては不服申立てが容れられれば支払ったものはみな返還されると思い込み、二〇日間の納付期限経過後に通告の旨を履行するに至ったこと、原告会社は課税処分について昭和五一年六月二二日付で異議申立てをし、これが同年七月二三日付で棄却されるに及び、同年八月一八日付で審議請求をしたこと、また、長野税務署長は関東信越国税局から送付を受けた課税資料に基づき原告会社に対して課税処分をしたものであることが認められ、この認定に反する原告会社代表者兼原告西沢本人尋問の結果(第一、第二回)の一部は証人真塩栄道及び同福田忠行の各証言に照らしてにわかに採用することができない。
これらの事実によれば、本件通告と課税処分の基礎資料は共通であり、課税処分の対象となった事実の一部が本件通告に係る犯則事実とされた関係であるので、課税処分の一部が裁決によって取消されたことからすると、これに対応する分の犯則事実は存在せず、結局、別紙「裁決後の額に対応する額」欄記載の分だけが存在したものと認めるのが相当である。しかし、原告西沢に原告会社の物品税をその多寡は別としてほ脱する故意があったことは明らかであるうえ、長野税務署収税官吏と関東信越国税局収税官吏の調査、証憑の集取手続はいずれも適法であり、関東信越国税局長は同国税局収税官吏から調査結果の報告を受け、適法に集取した証憑に基づいて本件通告に係る犯則事実を認定し、適式な手続によって本件通告を行なったものと認められるので、本件通告は手続上適法であり、関東信越国税局長の犯則事実の認定は合理的であって何ら落度はなかったというべきである。
また、長野税務署間税第二部門統括国税調査官福田忠行らの原告西沢に対する通告についての説明や指導には原告西沢において課税処分に対する不服申立てが容れられれば支払ったものはみな返還されると思い込んでいたことからすると、十分でない点があったと推察されるが、誤りがあったとみることはできない。
したがって、本件通告には原告ら主張のような違法事由があったと認めることはできず、原告ら主張のような違法事由があったと認めることはできず、原告らの国家賠償請求はいずれも理由がない。
三 次に、原告らの不当利得返還請求について判断する。
原告らは原告西沢に原告会社の物品税をほ脱する故意がなかったので本件通告に係る犯則事実のうち別紙「裁決後の額に対応する額」欄記載の分だけが存在したと認めるべきことは前記認定のとおりである。
なお、原告西沢において課税処分に対する不服申立てが容れられれば本件通告に従って納付した金員も返還されると思い込んでいたことは前記認定のとおりであるが、通告制度を一種の私和と解しても、錯誤理論がそのまま適用されるわけではなく、本件通告の履行を無効とすべき理由はない。
ところで、物品税法の罰則によれば、ほ脱犯の行為者に対しては五年以下の懲役もしくは五〇万円以下の罰金に処し、またこれを併科するとし(同法四四条一項)、ほ脱に係る課税物品に対する物品税に相当する金額の三倍が五〇万円を超える場合には、情状によって五〇万円を超え物品税に相当する金額の三倍以下の罰金を科することができると規定され(同法四四条二項)、両罰規定として同法四七条が置かれている。そして、物品税の申告は毎月行なうのが原則であるから(同法二九条以下)、ほ脱犯は一か月ごとに成立するものと解され、二個以上の罰金の合算額以下において処断すべきことになる(刑法四八条二項)。
そうすると、ほ脱犯の行為者たる原告西沢のほ脱分は二六か月で合計二二万〇二〇〇円(一か月当り三〇〇円ないし五万〇六〇〇円)、原告会社のほ脱分は五か月で合計三万二三〇〇円(一か月当り三四〇〇円ないし九一〇〇円)であるから、処断刑たる罰金額は原告西沢については一三〇〇万円以下、原告会社については二五〇万円以下ということになる。
したがって、関東信越国税局長としては右の処断刑たる各罰金額の範囲内で原告らに対して通告すべき罰金に相当する金額を量定し得ることになるが、この裁量の範囲内にとどまる限り、当不当の問題は別として違法の問題は生じないとするのは相当でなく、合理的な裁量の範囲を著しく超え正義に反する場合には違法となると解すべきである。
本件においては、原告西沢はほ脱税額が二二万〇二〇〇円であるのに、その五倍に近い一〇五万一〇〇〇円を通告された結果となり、本件通告に係るほ脱税額が一三一万三八〇〇円であったことに鑑みると、罰金に相当する金額はほ脱税額の範囲内で量定されるべき事案であったと推察されるので、二二万〇二〇〇円が一応の上限であり、一罪の法定罰金額である五〇万円を超えることはないものと考えられ、五〇万円を超える部分については裁量の範囲を著しく 越したものとして違法となると解するのが相当である。一方、原告会社はほ脱税額が三万二三〇〇円であるのに対し、その二倍に近い六万円を通告された結果となるが、一罪の法定罰金額の範囲内でもあり、この程度では裁量の範囲を著しく超え正義に反するとまでは断定し難い。
右のとおり原告西沢に対する本件通告は五〇万円を超える五五万一〇〇〇円の部分については無効であるから、被告は法律上の原因なくして同額の利益を得たものであり、これによって原告西沢は同額の損失をこうむったことは明らかである。
四 以上の次第で、原告西沢の不当利得返還請求のうち金五五万一〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年九月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延の支払を求める限度において理由があるからこれを一部認容し、原告西沢のその余の請求及び原告会社の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民法八九条、九二条を、仮執行の宣言とその免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 北澤貞男)
別紙 <省略>